偉大なスーフィーの神秘家、ハッサンが
死の淵にあり、誰かが彼に質問した。
「ハッサン、あなたのマスターは誰だったのですか?」
彼は言った。
(中略)
私の二番目のマスターは犬だった。
私はのどが渇いており、川に向かった。
そこへ一匹の犬がやってきた。
彼ものどが渇いていた。
彼は川を覗き込み、そこに別の犬を、
つまり自分の影なのだが、
それを見て恐ろしくなった。
彼が吠えると、その別の犬も吠えた。
渇きがとても大きかったのだが、
彼は躊躇し引き返した。
でも、彼はまた戻って来て川の中に
まだ犬がいるのを見た。
しかし、彼の渇きが大きかったので、
突然水に飛び込んだ。
するとその影は消えた。
彼は水を飲み、その水の中で泳いだ。
その日は暑かったのだ。
私はそれを見ていた。
私は神からメッセージが来たのを知った。
人はどんな恐怖にあったとしても、
飛び込む必要があるということを。
私は未知へ飛び込むという瀬戸際にいたとき、
同じ恐怖があった。
私は縁を歩き、躊躇し、引き返した。
そのとき、私はあの犬を思い出した。
犬でもどうにかできるのなら、
私にできないことがあろうか?
そしてある日、私は未知に飛び込んだ。
私は消え去り、未知 だけが後に残った。
その犬は二番目のマスターだった。
OSHO
☆
勇気を呼び覚ますいいお話と思いませんか?
僕たちは誰もが未知に飛び込む必要があります。
「理性・エゴ」は過去の体験・記憶に基づいています。
だから「新しい挑戦」を怖がり、
知っている範囲内での
安全地帯に留まるように仕向けてきます。
ですがそうやって、
低空飛行の凡庸な人生が続いていくのです。
自分の「真の可能性」に目覚めたいなら、
「未知」へと飛び込みましょう。
犬にできるなら、私達にもできます!!
河野先生のYouTube動画→ 人生の価値を測るもの
(河野先生のメルマガより)
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恐怖に飛び込む、未知に飛び込む・・・って本当に怖い。
安心安全でいたいもの。
でもね、その安心安全が自分の心と頭が一致してたらいいんだけれど、
一致してないとね、生きづらさに繋がるの・・・(ノД`)・゜・。
実際、私がそうでした。だから、恐怖に飛び込んだ。
その時の私は、一般的な常識からみたら、人を傷つけ、人を裏切り、呆れられたり、嫌われたり・・・
散々でした。
頭と心がバラバラだったから・・・
そこから、一つ一つ自分自身と向き合ってきたの。
自分で自分を幸せにするために。
何かがあれば…誰かがいれば…っていう条件付きの幸せじゃない「幸せ」
そして、恐怖に飛び込んで、未知にチャレンジしてよかったと思えてる。
後悔ってね、したことにするよりも、しなかったことにしちゃう方が断然多いみたい。
未知に飛び込もう( ̄▽ ̄)!イエーイ
あなたがあなたを大切に出来ますように♡