理性的な人間は、
自己イメージを不動のまま堅持することで、
当人の救いようのない無知を保護する。
彼は、シャーマニズムが
まじないでも手品でもなくて、
当たり前と思われている世界のみならず、
およそ人間のなしうる他のあらゆることを感知する
自由のことであるという事実を無視するのである。
自由の可能性に、彼は怯えているのだ。
すぐ指の先に自由があるというのに。
「意識の処女地」
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ここでドンファンは、
理性を無知と紐づけています。
でも世間一般では、
「理性的な人を誉める傾向」がありますね。
ですが「理性」は、
本当は、たいしたことないのです。
なぜなら「理性」は、
「すでに知っていること・体験したこと」
つまり既知(過去)がベースだからです。
理性は、自分にとって
未知なこと、感覚的なこと、
直感を信頼することが苦手です。
ですからドン・ファンに言わせれば、
「理性的な人」という評価は、
自己イメージから離れられない、
「無知で愚かな人」
ということになります。
理性は必要です。
ですが理性に偏りすぎると
自己の観念に縛られ、
人の進歩は停滞するのです。
「未知に心を開く人」でいましょう^^
(河野先生のメルマガより)
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今日も、カスタネダ(の師のドン・ファン)の言葉はムズカシカッタ・・・(笑)
河野先生の解説読んで、ちょっとは分かった(笑)
そういえば「トランサーフィン実践マニュアル」の本にも同じようなことが書かれていました。
理性は、まったく新しいものを創造する能力はなくて、
「古い木材から新しい家を建てること」しかできないんだって。
そして、アインシュタインの言葉として
「科学における発見は、論理的方法でなされたものではない。現れてから、理論で説明されただけなのである。たとえどんなに小さな発見であっても、それは常にひらめきによるものだ。解決策というのは、誰かがあなたの耳元でささやいたように、思いがけず外からやってくる」
と書かれていました。
なるほどーと思いながら、だから瞑想とか大事なんだーと思った次第です( ̄▽ ̄)!
私、瞑想、しないけど・・・(笑)
「未知に心を開く人」 ではいたいな( *´艸`)
あなたがあなたを大切に出来ますように♡