もしあなたが、
澄んだ綺麗な水を満たした水差しであるならば、
あなたの人生に入ってくる他の人たちのために
喜んで水を注いでやろうと思うでしょう。
けれど、もしあなたがからの水差しならば、
他の人には与えるという行為のなぞりしかできません。
それは、まったく与えることではありません。
あなたの与え方は要求がましくなります。
なぜなら、
あなた自身の必要が満たされていないからです。
「エマヌエルの書」
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きれいな水がたっぷり入った水差しがあったら、
「どうぞ」って気持ちよく人に水を注いであげられますよね。
でも、もし水差しが空っぽだったら?
無理して注ごうとしても、結局何も出てこない。
それどころか「私も水がほしいのに…」って気持ちになって、
相手に対してイライラしたり、見返りを求めたりしてしまうかもしれません。
これって、人間関係でもよくあることだと思うんです。
自分が疲れ切っているのに、無理して人に優しくしようとする。
でもそんな時って、
なんだか相手に「ありがとう」を求めてしまったり、
思うようにいかないとがっかりしたり。
「自分を大切にするのって、わがままかな?」って思う
人もいるかもしれませんが、そんなことはありません。
まず自分のコップを満たすことから始めていいんです。
義務感で「〜しなければ」と思ってやることって、
結局長続きしないし、誰にとってもいいことがありません。
でも自分が本当に満足していて、心が豊かな時って、
自然と人に親切にしたくなりませんか?
そういう時の優しさは、相手にもちゃんと届くし、
自分も嬉しい気持ちになれる。
水は高いところから低いところへ、自然に流れていきます。
私たちの優しさも、
そんな風に自然に流れるものなのかもしれませんね。
(河野先生のメルマガより)
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以前、まだ私が、人のためや何かのために行動することを自分を顧みずやっていたとき、
始めはいいんだけれど、だんだんしんどくなってきて、
「なんで私ばっかり・・・」と思っていました。
自分から言い出したことだったり、率先して始めたことだったのに
「ありがとう」くらい言ってくれたらいいのに…なんて思ってたな(笑)
今は分かりますが、前は分かっていなかったの。
人からの感謝の言葉が欲しくて、お水(愛)を奪ってたんだな…と。
今はね、自分のコップを満たすことの方がずっと大事ってわかった。
自分を満たしてたら、「本当の優しさ」をどうぞって渡せるから(*´▽`*)
誰かに満たしてもらうんじゃなくて、自分で自分を満たさないと意味ないからねー
あなたがあなたを大切に出来ますように♡