大抵の人が「自分は不完全だ」と
心のどこかで感じている。
だからこそ、自分の中の
「欠如感」や「空虚感」を
外側の何かで「埋めよう」とするのだ。
その「外側の何か」は人によって異なる。
ある人には、それがお金や所有物やSEXだったり、
ある人には何かの嗜好品や食べ物、お酒だったり、
ある人には肩書や地位や権力だったりする。
もちろん、人生や生命に対する謙虚さは必要だと思う。
だけど、
「自分は欠点だらけのだめな人間だ」
「だからもっと何かを得ねば」、
「何かを学ばねば」という、
外にプラスを探す行為はきりがない。
そしてその人は、
いまの自分を否定し、いまの自分と闘っている。
自分と闘って安らげる人はいない。
自分と闘って健康を保てる人はいない。
もしかしたら、
そんな人生の「前提」が
「間違っていた」のではないだろうか。
「不完全から完全に向かっている」のではなく、
最初から自分が「完全な存在」だったとしたら、
どうだろう?
光に「向かって」いくのではなく、
元々の自分が「光そのもの」だったとしたらどうだろう?
自分が完全な存在であることを忘れ、
ただ欠点のある自分を「演じ」、
不完全な自分を演じているのだとしたら、
人生は何という茶番劇だろう。
でも、それも完全の中における
「自作自演の劇」なのだ。
もし僕たちが不完全から出発するのではなく、
「完全性から出発」すれば、
毎日の光景が「違って」見えてくるに違いない。
不完全な自分というあり方ではなく、
完全な自分という「あり方」から、
毎日を生きてみれば、
これからは、
より力強い人生が創造されることだろう。
僕たちは、もっと自分に自信を持っていい。
自分を満たしてくれるものを外に求める必要はない。
光を「外」に求める必要もない。
なぜなら僕たちは「光」なのだから。
「光は完全・光は永遠」
光は、出発地点であり、到着地点だ。
僕たちはすでに答えの中に、
「愛の中」にいたのだ。
人生とは、
「本当の自分を探す旅」ではなく、
本当の自分に戻っていく旅だ!
(河野先生のメルマガより)
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私たちは、幼い頃からずっと、「そのままでいい」という教育は受けてきていませんよね。
「あれはダメ」「これもダメ」「こうしなさい」「それじゃいけない」など、たくさんの躾という名の自己否定を受け入れてきた…とも言えますね。
躾は、もちろん大事です。けれど、何かが出来たら褒められ、出来なかったら叱られる…という経験を重ねていくと、子どもは、本来持って生まれた特性を活かすことが出来なくなっていくの。
それはね、出来たら褒められ、出来なかったら叱られる(叱らなくても、無視や悲しい顔も同じです)という、与えられた条件を満たさないと愛されない…と心に深く深く刻み込んでしまうから。悲しいよね(ノД`)・゜・。
条件つきの愛情は、少しずつ少しずつ子どもの心を蝕んでいきます。そして、大人になっても「自分は不完全だ」と潜在意識に感じてしまって、頑張るのが当たり前になっちゃっうの。
本当は、みんなみんな、無条件に愛されたいの。「何かが出来ても出来なくてもいいよ。そのままのあなたを愛してるよ。」っていう無条件の愛。
今の教育がダメとか、親の育て方が間違ってるって伝えたいわけじゃないの。今の教育も価値があるところもあるし、親も愛をもって育ててくれたと思う。自分も同じように育っててもらってきてるから、当たり前の愛情だったと思う。
でも、今から、時代の変化とともに、河野先生が書いてらっしゃるように 「完全性から出発」 することができる教育や躾に変わっていけばいいなぁ…と感じています。
私自身、ずっと
「自分は欠点だらけのだめな人間だ」「だからもっと何かを得ねば」、「何かを学ばねば」
という状態でした。
頑張って何かを得られたら、人生が変わる!と思っていたの。でも違ってた。そのままの自分を受け入れたとき、本当の安心感、本当のやすらぎ、本当の愛の中にいるってことが分かったの。今も何かが足りないーってジタバタすることあるけどねー(笑)
前提を変えれば、人生の捉え方が変わるの。出発点が大事。あなたも、本当は「愛の中」にいるのよ( *´艸`)
あなたがあなたを大切に出来ますように♡