ただ、身も心も何もかも、自分自身で全体的であればよいのです。
では、自分自身で全体的である、とはどういうことなのでしょうか。
それは、狭量で限界のある考え方に片寄らず、
あらゆるものを受け入れ、
自分の中に取り入れる気持ちを持っている、ということです。
言いかえれば、ポジティブな面に焦点をあてれば、
必ず、ネガティブな面を作り出している、
ということを知っているということです。
何かがわかった時には、それ以外のことについて、
自分は無知であることを認める、ということです。
神聖な使命感を持ったならば、その裏側の罪と共に生き、
その責任を受け入れてゆくということなのです。
タデウス・ゴラス
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みなさんは、光も闇もある「自分」を丸ごと
受け入れていますか?
実は闇とは「光(愛)のない状態」のことを言います。
つまり、闇は単独では存在できません。
闇は相対的な存在なのです。
だから、闇と闘ったりするのは無駄なことです。
僕たちはただひたすら自分の中の光を、
つまり愛を大きくするだけのことです。
そして、
自分自身で「全体的・トータルな自分」でいるとき、
自然に光は大きくなるのです。
さらには、光を外から取り入れる努力は必要ありません。
なぜなら、
僕たちの本質は元々が光であり、
愛そのものなのですから。
ただ必要なことは、
心の鎧(観念)を取り外し、
自分の内側の光を解放するだけです。
(河野先生のメルマガより)
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私たちって、幼い頃からずーっとダメ出しされながら育ってるからね、自分の闇は隠さなきゃいけないって思っちゃってる・・・(;´・ω・) あなたはどう?
私は、ガチで思ってた。闇を隠して、いい人風に見せなきゃいけない…闇を隠して、何でも出来るように見せなきゃいけない…闇を隠して、分かったふりをしなきゃいけない…って、自分に無理強いして生きてた。
で、何が起こるかって言うと、自分が嫌いになります(笑)そして、自己否定、罪悪感を抱えてちゃって、すごーく生きづらくなる・・・
笑えるよね。完璧な人なんていないのに・・・ (いるかもしれないけど、大多数じゃないと思う…)
そしてね、自分の鎧(観念) を見直して、取り外して、そのまんまの自分でいるとね、面白いことが起こるの。
自分の闇を受け入れちゃってるもんだから、人の闇も受け入れられるようにどんどんなっちゃう( *´艸`)
だから、生きやすくなるし、優しくなれるし、日々が穏やかになるの。
素敵だよね(*´▽`*) だから、握りしめてる自分の観念、手放した方がずっと楽ちんなの。
光も闇も、どっちも大事な経験なんだけど、闇って無くさなきゃいけないって思っちゃうけどね、
いいの。あって。闇だけじゃ存在できないって事は、必ず自分の中に光があるって事だもんね。
自分の愛を大きくしていこう(´▽`*)!
あなたがあなたを大切に出来ますように♡