今日からしばらく、
ルシャッド・フィールド著「ラスト・バリア」から、
イスラム神秘主義スーフィーの叡智について学びましょう。
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食事の支度をしている間、
彼は決して口をきかなかった。
料理は非常に神聖な行為であるから、
すべてを十分に意識し、
尊敬の念を持って行う必要があるからだと、
彼は言っていた。
「命を与えてくれるすべてのものに対して感謝しなさい」
と彼はよく言った。
そして、「君自身を神のよき食物にしなさい」
「ラスト・バリア」 P79
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日常のどんな行為も心を込めて行うなら、
それは「神への祈り」であり、感謝であり、
また「献身」の行為でもあると思っています。
でも、これは何かの宗教の話ではありません。
普段の自分の心の持ち方について、
つまり「あり方」について話しています。
そしてあるゆる行為の中でも、
命そのものを扱う料理という営みは、
特別な位置を占めていると僕も感じます。
台所に立つたびに、
「ここは本来、神聖な場所なのだ」と、
思い出すようにしています。
いずれにせよどんな行為であったとしても、
丁寧に、真剣に行うなら、
それは「神のみ前に立つ自分自身を神の食物として美味しく整える行為」なのです。
僕にとって人様の身体に手を当てる行為も、
一種の宇宙的な祈りであり、アートであり、神へと近づく時間です。
神の前に自分を美味しくしましょう!
(河野先生のメルマガより)
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「ラスト・バリア」 にしても、河野先生のメルマガの内容も、私には、崇高すぎました(笑)
なので、私がふだん実践していることを書いてみます。
台所が神聖な場所と、捉えた事はなかったけれど、ただ、食材への感謝は忘れないようにしているの。
前の私はね、食事の用意をしながら、昨日失敗したことを考えていたり、明日の予定を考えていたり、
心配事があれば、そのことを考えたりしていたの。
食材の事も、調理器具の事も、全部ただの道具としか思ってなかったかもしれない(>_<)
なので、食事の用意は、ただの作業でした・・・
で、ある時、「今ここ」を意識することの大切さに気づかされて、日々「今ここ」を意識すようにしてみた。
最初は、すぐ「今ここ」から外れちゃってね、「あ!」ってなってたけどねー(;´∀`)
ただ、毎日訓練していくと、だんだん出来るようになってくるの。
で、食事の用意をしている時も、「今ここ」を感じながら作れるようになった。
野菜を洗う時の水の心地よさ、食材を切る時には「ありがとう。頂くね」って、心の中で呟くの。
そうしてたらね、不思議と笑顔になってる…ってか、
美味しそうって思って、ニヤけてるだけかもしれないけど…( *´艸`)プププ
作業だった頃と比べると、料理がずっと楽しくなりました(´▽`*)v
あなたは、どう?料理が作業になってない?ちょっと、意識してみてねー(^_-)-☆
あなたがあなたを大切に出来ますように♡