ケアミィヒーリング

【既知という名の鼻くそ】

世間では科学的な思考ができることや、
理性的な人が賞賛される傾向がある。

確かに「理性」には必要な役割りがある。

僕たちにとって「無駄なもの」は一つもない。

だけど生命の真実の前には、
「理性はとてもとても小さな部分」でしかない。
なぜなら、理性は基本的に既知の範囲を超えないからだ。

でも「生命」や「魂」と呼ばれるものは「未知」の世界に属している。

科学や、医学や、栄養学は「既知」だ。

でも、生命や意識や魂は「未知」だ。

だから「既知のスケール(物差し・枠)で
未知を測る」こと自体に無理がある。

たとえば、生まれてから
一度も外の世界を覗いたことのない
小さな男の子がいたとする。

でも壁の外に未知の大きな空間と世界が
広がっていることを彼は知っている。

それで外の世界を見たくて壁に穴を掘り始めた。

そして苦労の末に、ある日ついに鉛筆一本が通る
くらいの穴を開けることに「成功」した。

その穴を通して初めて外の世界を見たときの
その子の喜びや感動は想像に難くない。

でも、彼がその小さな穴から見えた光景が世界の
すべてだと判断したならどうだろう?

それは本当に大きな勘違いになってしまう。

もし一歩外に出ることができたなら、
そこには巨大なワクワクする未知の世界が広がっているからだ。

実は、彼がその小さな穴から見た世界が「既知」なんだ。
そしてその小さな穴が、「理性という名の尺度」だ。

だから既知で未知を測ることには無理がある。

「生命について僕たちはまだまだ何も知らない」。

既知の背後には、
巨大で多次元な「未知の世界」が広がっている。
「未だ知られざる生命の真実の世界」が広がっている。

でも残念ながら僕たちは
「既知のスケールで未知を測らざるを得ない」。

だから生命の前では謙虚になる必要がある。

何が言いたいかというと、
僕は以下のことは人生でとても大切なことと思っている。

病気になったとき、
また大きな困難にぶつかったとき、
「専門家に頼る」ことは間違いではない。
でも専門家は既知の範囲でしかアドバイスができない。

あなたのハートと高次の意識は
未知の世界に通じている。

「直感」や「ひらめき」や
「何となく〜」という感覚は、とても大切だ。

これまで多くの人が自分の直感や
「何となく」の感覚を無視したり後回しにしてきた。

これからはもっとそんな感覚を大切にしてはどうだろう?

「手愛手というタッチはそうして進化してきた」
手愛手は、
あなたの原始感覚と内なる叡智を蘇らせる
とてもよい訓練になる。

「手を当てれば、当てるほど」、その人は謙虚になるだろう。

言ってみれば生命の真実の前に
「理性」は「鼻くそ」のような存在でしかない(笑)。

だからこれからはもっと注意して
自分の頭(マインド)に言ってあげよう。

「理性はときにあなたを愚か者にする」と。^^

(河野先生のメルマガより)

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私自身、自分が知っている範囲でしか物事を判断していなかった時、それはそれは批判的でした。既知の範囲、それも自分の既知の範囲で正否を問い、正ならOK、否なら間違ってると決めつけていたから・・・

既知の範囲で物事を判断するとね、「してはいけない事」や「できない事」がたくさんになるの。

そして、未知の世界が怖くなる・・・から、チャレンジも冒険もできなくなっちゃうの。

そしたらね、「してはいけない事」や「できない事」を守ることが人生において重要になってしまって、そこからはみ出してる人を批判し始めるの。無意識でね・・・(/_;)

既知も、もちろん大切。でもね、未知の方が圧倒的にパワーがあるの。それは、あなたの中にもあるの。

だから、未知の世界観がある事に気づいて、「未知」と「既知」が手を取り合って生きていけたら素晴らしいと思う。理性に教えてあげよう、この世界・宇宙は、あなたが知らないことで溢れてるって( *´艸`)

理性は「鼻くそ」だって…(笑)

あなたがあなたを大切に出来ますように♡