今日は、ヘンリー・D・ソローの言葉をご紹介します。
自己の高度な、あるいは詩的な能力を
最良の状態に維持したいと本気で考える人々はみな
とりわけ動物食や過食を避けてきたにちがいない
口にはいる食物が人を汚すのではなく
食べるときの食欲が人を汚すのだ
あらゆる肉体的欲望は、
さまざまな形態をとるものの
結局はただ一つである
食べようと、飲もうと、同棲しようと、眠ろうと
肉体的欲望に囚われているかぎり、
人間は同じことをしているのだ
だから、ある者がどの程度欲望に
囚われているかを知りたければ
その中の一つの行為を見るだけで十分である
ヘンリー・D・ソロー
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僕はこのソローの言葉に完全に
同意できる訳ではありませんが、
食欲、物質欲、性欲の
どれに耽溺しているとしても、
その背後には共通点があり互いに
リンクしていることはそうだなと思います。
確かに体の自然な欲求も
度を過ごすと日々の活力を奪い、
その人の可能性に蓋をします。
ですが個人的にはこうも思います。
人生のどこかのタイミングで、
何かの欲望の中に完全に
入り込むことや耽溺することも、
人間の体験としてありではないかと。
それは自分の強さ、弱さ、性向、限界を知ることに繋がります。
最も望ましくないのは、体の欲求に対して、
「マインドのレベルでNOと言い続けること」です。
マインド(頭)の中で否定し続けても、
未消化のエネルギーはまだ体の中にあり、
それは出口を求めて別の表現を見つけようとするでしょう。
そして本人は罪悪感を感じながらも、
それを止めることができません。
これは自分のエネルギーとの中途半端な付き合い方です。
こんなときは一度でもいいので、
何のためらいも判断も脇に置いて、
「完全」にその欲望の中に入り込み、欲望と一体になると、
エネルギーは自然に昇華されていきます。
欲望を否定せず、それと一体となっていると止め時もわかるのです。
自分の中の矛盾や混乱が病気を創ります。
自分の中の闘いを落とし一体感で動くことが、
何であれ喜びある人生の秘訣なのだと感じています。
(河野先生のメルマガより)
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人ってね、我慢している時って、自分にも人にも優しくなれないの。
それは、河野先生が書いてらっしゃるように
体の欲求に対して、「マインドのレベルでNOと言い続けること」 をしちゃってるから・・・
私たちは、幼い頃から躾として、自分の欲求を抑えて我慢することが当たり前として育てられてきたと思う。
みんなじゃないと思うけれど、大半の人がそうなんじゃないかな…。
私も然り。で、自分の体の欲求を我慢してたらね、自分が嫌いになっちゃうの。
だから、自分に優しくなれないし、自分に優しく出来ないってことは、他の人にも優しくなれない。
その上、無意識で自分が我慢していることを他の人(子どもには特に…)にも我慢させようとしてしまって、批判的になっちゃう(ノД`)・゜・。
ただね、自分の欲求を満たしていくって、すごく怖いの。
だって、ワガママって思われるかもしれないし、バカにされるかもしれないし、誰かを裏切ることになるかもしれないし、後ろ指さされるかもしれないし、もう怖いことがいっぱい。
でもね、やっぱり、自分自身に正直に生きた方がずっと幸せ。
だって、自分の人生に戻れるから。
自分の人生の舵取りを人に任せちゃうのは、止めよう。
体からのお知らせ、大事にしようね♡
あなたがあなたを大切に出来ますように♡