愛は創造的な力であり、
変化と成長のパワーである。
愛はあなたたちの本来の創造的な表現であり、
神性への道だ。
しかし、
それには愛を選択しなければならない。
それが、
あなたたち人間の通る道だ。
(中略)
愛を選択するなら、愛があなたの現実になる。
愛を選択しないなら、
あなたの制約が自分の現実を決めることになる。
「時間のない領域へ」P248、254
☆
「愛は選択である」
この言葉は真実ですね。
確かに僕たちは何かをするとき、自分が、
「愛や感謝」から動き始めているか、
「不安や思惑や計算」から動いているか、
自分の真の動機を本当は知っているはずです。
別の表現で言えば、
「ハートを起点に言動を始めているか」、
「マインドを起点に始めているか」、
その違いです。
ですがおそらくは多くの人にとって、
自分の「精神的傾向として、マインドで動き始めること」が、
普段から習慣になっていることでしょう。
だからもっと意識して
「愛を選択する」必要があります。
愛を選択しないなら、
僕たちは創造性を失い、
宇宙との繋がりを失い、
変化と成長のパワーを失い、
自分で作った制限の中
で生きることになるのです。
すると僕たちは自動的に、
自分の可能性の最低限を生きることになります。
あなたはこの話、どう思いますか?
低空飛行の人生で終わりたいですか?
僕は嫌です。
僕はもっと愛を知りたいし、
愛の中に生きたいと思います。
そして僕にとってその
訓練の場になっているのが、
「手愛手の体験を積むこと」なのです。
(河野先生のメルマガより)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
愛を選択していないときってね、すぐ分かるの。
嫌な感情にどっぷり浸るから(笑)
その時に、外側のせいにしないで、選択し直すの。愛を。
でも、確かに、何かや誰かのせいで、嫌な思いになっちゃうことがほどんどだよね。
それでもね、同じことをされても怒る人と怒らない人がいるのも事実。
ってことは、自分の価値判断を見直せば、その怒りは収まるのかもしれないの。
例えばね、誰かがゴミを捨ててるところを見ちゃったとして、
あんなところにゴミを捨てるなんて、なんて常識のない人なんだろう!って思って←もちろん私も思っちゃう(笑)
ずーっと怒りを自分の中に持ち続けて、機嫌悪くなっちゃったりすることあるでしょう?
その時は、「あ、愛を選ぶんだった」って思い出すの。
もちろん、ゴミを道端とかに捨てるのは良くないよ…でもね、その行為を批判しても何も変わらないの。
捨てた人は、悪いこととも思ってない可能性があるからね・・・
だったら、プンスカ怒って批判するよりも、自分でそのゴミ拾って、ゴミ箱に捨てちゃおう。
「愛を選択する」とね、自分の心がホッコリするの(´艸`*)
怒りや怖れの感情は、ものすごく強烈だからその感情に引っ張られちゃうの。
で、理性は、次から次へと自分のこの怒りも怖れも正当なものなんだって理由を探し出してくる。
で、どっぷり浸っちゃうわけ・・・
「愛を選択する」ってね、すごく薄味だから心に寄り添ってじーっと感じてあげないと分かんないの。
だから、心が喜んでるのを静かに感じてあげよう(´▽`*)
あなたがあなたを大切に出来ますように♡